hitoromo's blog

2013年交通事故でまさかの未亡人に。頑張ることはせず、日常に苦しみながら、悩みながら、悲しみと共に、幼い子ども二人とゆっくり生きています。夫はいつもそばに、、、そばにいてね。

整理 4

裁判のこと。

 

私が頑張るのはもちろんだけれど、

義両親や義兄弟ぐらいは

一緒になって頑張ってほしかった。

 

始めの刑事裁判は

5回以上あって

その傍聴すべてに来ると思いきや

仕事だから・・・・という言い訳。

それぞれが何回かは来てくれたけれど。

私としては

来る=夫への想い

だったから、夫の家族の行動に

愕然としました。

 

月1のペースだったので

有給とれるでしょ・・・。

夫の最後を知る

全ての回が重要なのに、そうじゃないの??

と私は悲しくなりました。

 

裁判に向けてだって

私だけが必死に色々調べて、説明するのに

なんか協力的ではない・・・・。

皆の怒りも表現できるように、

できることを説明してるのに・・・。

 

 

みんな  逃げてる。

 

 

私だって裁判なんて初めてで、

私の支えは誰もいなくて

辛いのに。

私も逃げたいのに。

 

夫のこと一番愛しているのは

愛されているのは

私だけれど、

夫を亡くして私は一人でやっていけない。

 

けれども

 

けれども

 

 

私は犯人への悔しい気持ちと

夫の最後が知りたい気持ちを動力に、

検察官と話をしたり

弁護士(昔の友人だったのでマシでしたが)と話をしたり

まだ赤ん坊の次子を預けて、打ち合わせを重ねました。

 

書類をみたり

事故現場に赴き弁護士と検証したり

現状の想いを何度も書類にしては

子どもの寝ている間に何度も書き直しました。

 

義家族にも進行状況が分かるように

私が何をしたか話したりメールもしました。

 

でも

私を励ましたり

応援してくれるのは

友人ばかりでした。

 

傍聴も平日なのに

申し訳ないくらい友人が来てくれました。

 

 

義家族は、傍聴に来れば怒りの想いを話してくれますが

だからどうしたいっどうしてやりたいっていうのが全くなくて

私は本当に困りました。

 

 

まとめ役だった夫・・・

失ったものは大きすぎます。

 

私のとらえ方が悪いのかな・・・

周りが見えてないのかな・・・

と考えてみても

義家族の動きは、

私が催促しないと無いに等しかった。

 

愛する夫の家族を悪くは言いたくないけれど

夫と違いすぎて

いまさら戸惑う・・・。

私はやっぱり他人なんだろうな。

そう思ってしまう。

 

 

控訴審は県外の裁判所で行われたので、

もちろん義家族は傍聴に来ませんでした。

二度と会いたくないと思っていたし

本人にもそう言っていた犯人(被告人)に

私は一人で立ち向かいました。

 

私の弁護士と、

犯罪被害の支援グループの人に付き添ってもらいましたが。

 

孤立感が高まる・・・。

 

判決は、弁護士だけに行ってもらおうかな。

 

 

〇〇くん、どうしたらいいかな・・・・・・・・・・。